トライアスロン

鉄人

アイアンマン ――。ロバートダウニーが演じるマーベルコミックのヒーローと同じ名称で敬意を表される人々がいる。映画の世界ではない、現実にいるのだ。そう、スイム 3.8km・バイク180km・ラン42.195kmを制限時間の17時間以内に駆け抜けた者たちだ。

1977年、アメリカ海軍の軍人たちが「遠泳・サイクルロードレース・マラソンのうち1番過酷なものは何か」という議論に結論を見出せず、「まとめてやっちゃおう」という奇想天外な検証方法を試みたことに起源するトライアスロン。日本では1981年、鳥取県米子市の皆生温泉旅館組合が皆生トライアスロンを行ったに始まる。オリンピックでは高橋尚子選手が女子マラソンにおいて金メダルを獲得した2000年シドニーオリンピックより正式種目とされている。今回は、そのトライアスロンの魅力とリオ(ブラジル)そして東京(日本)で開催されるオリンピックパラリンピックでの楽しみ方を紹介する。

なんといっても、トライアスロンの特徴はその競技内容である。スイム・バイク・ランという異種競技を“連続で”行うのだ。異種競技の組み合わせから成るスポーツは他にもある。キングオブアスリートこと、陸上十種競技。さらには、キングオブスポーツこと近代五種など。しかし、これらは異種競技間に文字通り“間”があるのだ。その間に、次なる競技の戦略を立て、心身をリカバリーさせ、戦に供えることができる。しかし、トライアスロンはその間が無い。トライアスロンでいうその“間”は、「トランジション(transition)」と呼ばれ第4の種目と言われている。

そう、スイムからバイク、バイクからランへと移行するトランジでは、競技中である故に壮絶な全力疾走と早着替えテクニックが求められるのである。これより、スイムから順に取り上げていくが、ここではオリンピックディスタンス(スイム 1.5km・バイク40km・ラン10km)を前提に話を進めたい。

スイムは海や湖で行われる。その特徴は、迫りくる波とだだぴろいフィールドにある。湖の場合は多少軽減されるが、その日の自然界の気分により変化する波は、心身からエネルギーを奪う。穏やかなジャブを繰り返してくると思えば、急に気分を荒げ、大波(ストレートパンチ)を生身の人間に放つ。無事に陸に上がることだけを考えていると、いつの間にか波にさらわれ一人だけコースから外れていることがある。遠くに浮かぶブイを確認しながら、波乗りをしなければならないのだ。海の中での敵は波だけではない。フィールドは、競泳のプールのようにコースが区切られてはいない。競技者全員が1つのコースを取り合うのだ。ディズニーランドや競馬場が開門した時の陣取り合戦を想像してみてほしい。あれが、海の中で行われているのだ。陸地ではない。底なしの海だ。相手選手の蹴りに悶え、低い水温に呼吸のリズムを奪われれば、底なしの海にグッバイである。

無事に陸に上がったと思えば、全力疾走が待っている(わたしは、この全力疾走がレース中最も心拍数が上がり、最もしんどいと感じている。)それは何故か。その前にバイク競技の特徴から述べたい。スイムでの敵はフィールドそのものであったが、バイクで選手の行く手を阻むのは風である。日本学生レースでさえ、時速40km~50kmで巡航する。その分、前からの“風”を受ける。一人で漕いでいるとその風を受け続け次第にエネルギーが底を付き、速度は落ちる。だからこそ、バイクではパックを形成することが許可されている。集団を形成し、先頭(風を受ける人)を順次変わる事で体力の減少を最小限に留め、かつ集団の速度を落とさずに行こうぜ!というチームプレーを行うのである。集団で走る場合と一人で走る場合は、明らかに速度とキツさは変わる。だからこそ、その集団(とてつもなく強い選手がパック内にいる場合は、○○列車と言われる。)に乗り遅れないように、つまりは○○列車の乗車券を獲得するためにスイム直後の全力疾走が求められるのだ。

それだけではない。バイクに必要なシューズ・サングラス・ヘルメットを素早く着用しなければならない。ヘルメットをきっちり被らずに走ることは違反とされている。急がなければいけないが、心は冷静に。焦れば焦るほどヘルメットの顎紐が止まらないのである。ロードバイクと普通の自転車の違いを挙げるとすれば、サドルの高低は勿論あるのだが、あまり知られていないかもしれないことがロードバイクの場合、シューズがペダルにくっついているのだ。もちろん取り外しは可能であるが、バイクステージでのスタートゴール以外、止まることは想定されていない。さらには、より速く漕ぐためにシューズをペダルに固定しているのだ。であるからして、不意にバランスを崩すと足で支えれず、落車がよく起こる。時速40kmで地面に叩きつけられれば悲惨であることは、容易に想像がつくだろう。

バイクが終われば、バイクを元々あったラックに戻しランがスタートする。ここでも、早着替えがレースの明暗を分けるのだ。シューズ・サングラス・ヘルメットを脱ぎ、ランニングシューズを履く。1回目のトランジでもここのトランジでも、大きく順位を変動させることができる。最後のランは無我夢中。残る体力の限界まで自分を追い込み、ゴールテープを目指すのだ。

トライアスロンの魅力はなんと言っても達成感。また、大会会場にもよるが透き通る海でのスイム、海風を感じながら海岸を走るバイクなど、自然を感じることができるのもトライアスロンの魅力であろう。観戦での楽しみ方は、2度行われるトランジ、そしてゴールシーンではないだろうか。トライアスロンは記録を競う競技ではない。完走できるか否か、あるいは順位を競うのだ。最後の最後まで順位争いをしていない限り、ブルーのシートが張られたゴールでは、両サイドに集まるギャラリーとハイタッチをしながらゴールし喜びを共有する。感動をシェアする空間に身をおける事が、実際に観戦する魅力ではないだろうか。